メルボルンのアルバートパークで迎えた今季開幕戦、オーストラリアGPの予選後に、ランド・ノリスが2026年規定の“運転体験”そのものに牙をむいた。結果としてノリスは予選6番手。フロントロウはメルセデス勢が独占し、ジョージ・ラッセルがポール、僚友キミ・アントネッリが2番手に並んだ。だが、この日の話題の中心はタイム表ではなく、ドライバーが抱え込まされている「エネルギーマネジメント」という名の重荷だった。

ノリスの不満は明確だ。2026年のパワーユニット規定が要求する“電力と内燃の50-50”という前提が、走りの快感を損ねているという認識だ。直線では“ストレートライン・モード”が別の問題を連鎖させ、コーナー進入以前にクルマが必要以上に減速し、各所で惰性走行を強いられる。しかも、バッテリーパックが上限に張り付けば別の地獄が待つ。ノリスは、その窮屈さを隠そうとしなかった。

「問題が何かは、みんな分かっているはずだ。結局“50-50”という分担が原因で、うまく機能していないだけだ。ストレートライン・モードがあるせいで、別の問題も抱えることになる。」
「コーナーの前で減速しすぎるし、バッテリーパックを上限まで持っていくために、どこでもリフトしなきゃいけない。パックが高すぎても詰む。とにかく難しい。でも、これが今の僕らの現実だ。」

皮肉なのは、こうした“エネルギーの帳尻合わせ”が、ラップそのものの質まで書き換えてしまう点だ。ブレーキングポイントやライン取りに集中する代わりに、ステアリング上の数値を監視し続けることが前提になる。しかもそれは、危険回避の反応すら遅らせる。予選中、ノリスはピットアウトしたアントネッリ車から落ちたデブリを踏んだ。冷却用の機材が付いたまま走り出したことで発生した“落とし物”だったが、ノリスは見えていなかったという。理由は単純で、視線が路面ではなくステアリングに縛られていたからだ。

「僕はステアリングを見ているんだ。だからデブリが見えない。ストレートエンドでどれだけ速度が出るかを見て、ブレーキを30メートル早めるのか、10メートル遅らせるのかを判断しないといけないからだ。」
「それも問題なんだ。何が起きるかを知るために、3秒おきにステアリングを見なきゃいけない。そうしないと、コースアウトすることになる。」

そして、ノリスの結論は決定的だった。運転が“気持ちいい”という感覚が、規定の思想と引き換えに削り取られているという主張だ。勝っている側は笑う。しかし、ドライバーが愛した“操る悦び”は別物になった。ノリスは、いまの勝者がラッセルであることも踏まえ、敗者の愚痴として処理されることを織り込んだうえで、それでも言い切った。

「ドライバーとして気持ちいいものじゃない。でも、ジョージはきっと笑っているはずだ。結局、彼に与えられたものを最大化するしかないんだ。」
「F1史上最高に良くて、いちばん運転しやすいクルマから、たぶん最悪のクルマになった。最悪だよ。でも、受け入れて生きていくしかない。」