レッドブルの2台目のシートが過酷な場所であることは、角田裕毅の経験により一層明白になった。マックス・フェルスタッペンの隣に座るドライバーは、結果が出なければ即座に比較され、失敗の矛先を一身に浴びる。2026年、その役を担うのがイザック・ハジャーだ。元王者ジャック・ヴィルヌーヴは、ハジャーの資質を認めつつも「叩かれ役になる」構図が避け難いと示唆している。
「ハジャーは当たり外れがあった」
「とんでもなく、とんでもなく……今のレッドブルらしい。すごくアグレッシブで、クレイジーなレースもあった」
「何戦かは“ワオ、どこから出てきた?”っていう走りだった」
「でも別のレースではローソンの後ろにいた」
「あの特別な勢いを維持できるなら、勢いを保てるなら完璧なチームだ。レッドブルは、彼の態度ならうまく噛み合う」
対してヒルは、速さや適性以前に「役割が固定されやすい環境」を問題視する。レッドブルはフェルスタッペンを中心に最適化され、2台目は結果が出なければ入れ替わりが続いてきた。ハジャーも例外ではないというのがヒルの読みだ。
「彼はチームの“whipping boy(叩かれ役)”になるだろ?」
「彼にできる最善は、マックスとチームから“よくやった、やれるだけやった”って頭をポンとされることだ」
「あのチームではマックスが支配していて、彼は脇役としてそこにいる。それを競争者として受け入れられるかが問題だ。だってマックスがそんな立場を受け入れるか? しない」
では、その“脇役”を受け入れることは、王者の器に反するのか。ヒルはそこで問いを突きつけ、同時にハジャーが取るべき建て付けも示した。
「ナンバー2でいることを受け入れられるなら、君は世界王者になれる素材なのか?」
「レッドブルでこの仕事をやるなら、“僕は強くなるために、学ぶためにここにいる。いつかどこかでナンバー1になるために”と言わなきゃいけない」
「でもそれを、どうやって“波風を立てずに”伝えるんだ?」
