セルジオ・ペレスが、レッドブルで過ごした日々を赤裸々に語った。マックス・フェルスタッペンの隣に座ることはF1で最も過酷な仕事であり、何をしても問題にされる空気があったという。さらにペレスは、当時のチーム代表クリスチャン・ホーナーから、初期段階で「このプロジェクトはマックスのために作られた」と告げられたと主張した。
フェルスタッペンが4度の世界王者へ駆け上がる過程で、レッドブルの“相棒”は次々と苦しんだ。ピエール・ガスリー、アレックス・アルボンが座を追われる中、ペレスは4年間そのシートに耐えた。グランプリ5勝という頂点もあれば、成績急落という底もあり、最後はドライブを失った。
ペレスはポッドキャストで、レッドブル内部の空気をこう表現した。
「僕たちは最高のチームを持っていた。だけど残念ながら、全てが壊された。僕たちは、この先10年もスポーツを支配できるチームだったと思う。だけど残念ながら、今はもう全て終わった」
そして“仕事の過酷さ”を、迷いなく言い切った。
「最高のチームにいたけど、複雑だった。マックスのチームメイトでいるだけでも極端に難しい。だけどレッドブルでマックスのチームメイトをするのは、F1で一番きつい仕事だ。断然そうだ。僕がレッドブルに行って結果を出し始めると、みんなはそのシートがどれだけ難しいかを完全に忘れた。僕は入る前から状況を強く意識していた。レッドブルに入った瞬間、歴史上最高の一人とすぐ比べられるんだ」
ペレスは2020年末、レーシングポイントのシートを失い、キャリア終焉の気配すら漂っていた。だが2021年、レッドブルが拾った。後任選びでは、ヘルムート・マルコがニコ・ヒュルケンベルグ推し、ホーナーがペレス推しだったと記事は伝えている。
ペレスは「自分は勝負できる相棒として入ったのか、それとも明確なセカンドとして入ったのか」と問われ、ホーナーとの最初の会話を引き合いに出した。
「僕は、何に飛び込むのか分かっていた。このプロジェクトはマックスのためだ。レッドブルはそういうチームだ。僕が最初にクリスチャンと座って話したとき、彼はこう言った。『我々は2台でレースする。そうしないといけないからだ。でもこのプロジェクトはマックスのために作られた。マックスが我々の才能なんだ』」
さらにペレスは、母国メキシコの大富豪を例に、構造そのものを説明した。
「たとえばカルロス・スリムがチームを作って僕がドライバーだとして、そこにオランダ人を雇ったら、まさにそれと同じだ。僕が言いたいのはそういうことだ。僕は完全に理解していた」
「僕は彼に言った。『関係ない。僕はこのチームにいる。クルマを開発する。クルマを支える。チームを支える』」
ただ、勝てるクルマが目の前にあるなら、野心が疼く。それを問われたペレスは即答した。
「ああ、間違いなく」
転機として挙げたのは2022年序盤だ。重量過多のマシンが、結果的にペレス好みの安定感を生んだという。
「特に2022年の序盤だ。クルマが本当に重く出来上がっていて、重量配分も前寄りすぎた。だからすごく安定していた。僕がずっと求めていたものだった」
「その時点で、シミュレーターでは僕のほうがマックスより速かったのを覚えている」
その感覚があると、ドライバーは“勝つこと”に集中できる。だがペレスは、アップデート導入を境に潮目が変わったと主張した。
「アップデートが入ると、チームが絶対に従わなければならない明確な方向性ができる」
そこから“問題”が始まった。クルマの手応えが消え、運転は「考えながら」「クラッシュしないように」する作業へ変わったという。
2023年も似た展開だったとペレスは言う。バルセロナまではフェルスタッペンと「かなり拮抗」していたのに、そこから「1周で1秒遅い」状態に落ちた。
「もうクルマをコントロールできなかった」
そこから圧力は増し、犯人探しの矢印は自分へ向かったとペレスは語った。
「集中していないからだ、とか、コマーシャルをやりすぎだ、とか、他のことで忙しいからだ、とか」
「レッドブルでは、文字通り全てが問題だった。速すぎても問題になった。明らかに、ものすごく緊張した雰囲気を生んでいた」
「僕がマックスより速ければ、いつも問題だった。僕がマックスより遅くても、それも問題だった。だから全部が問題になったんだ」
それでもペレスは、そこで多くを学んだと言う。「不満を言う」ことが答えではなく、「状況から最大限を引き出す」ことが必要だった。
