サウバーでF1に足を踏み入れた2018年、シャルル・ルクレールはまだ“気づかれない存在”だった。だが7季を経た今、フェラーリのドライバーとして世界の視線を浴びる立場になった。本人は、無名から世界的スターへと変わった道のりが、キャリアだけでなく日常そのものを塗り替えたと認めた。

「僕の人生は間違いなく大きく変わった。実際、激変した」
「僕には3つのフェーズがあった。最初のフェーズは、まだ“誰でもない”状態だ。人はあまり僕に気づかない。たぶんF1の1年目がそれだった。たまに呼び止められる程度だった」

その“匿名性”は長く続かなかった。2019年にフェラーリへ昇格し、リバティ・メディア体制下でF1人気が膨張していく流れと重なった。ルクレールは、次第に至る所で声をかけられるようになっていったという。

「2つ目のフェーズは、もちろん、どんどん呼び止められることが増える時期だ」
「最初はそれを楽しめる。『OK、僕はずっとF1ドライバーになるのが夢だった。しかもフェラーリで。どこへ行っても大きな応援をもらえる。これは本当に特別な体験だ』って思うんだ」
「そのことに対して、僕は感謝してきたし、今も感謝しているし、これからも永遠に感謝し続ける」

ただ、その感謝は“境界線”と共存する必要が出てきた。名声が上がるほど、私生活は放っておけば薄くなる。だからこそ、守るための技術が要るという話だ。

「そして3つ目のフェーズは、あることについてはもう少しプライバシーが欲しくなる時期だ」
「でも結局、僕は自分が愛していることをできている。ずっと夢見てきたチームで走れて、どこへ行っても大きな応援がある。僕は本当に幸運だ」
「確かにプライバシーは少し減る。あるいは、プライバシーは確保できるけど、“普通の生活”をしていた頃より、はるかにちゃんと段取りをしないといけない。でも良い面があまりにも多いから問題にならない。僕はそれについて不満を言えない」

昨年11月、アレクサンドラ・サン・ムルーとの婚約を公表したことも、私生活が“公の領域”へ入り込む現実を映した出来事だった。ルクレールは抵抗するというより、受け止めた上で扱い方を選んでいる。

「たとえば、母と少し時間を過ごして、ただ普通に、普通の生活をしたい時がある。今はそれが少し難しくなった」
「もちろん、婚約のニュースは“完全にプライベート”じゃなかった。僕たち自身が共有したんだからね。でも、僕たちにとって本当に前向きなニュースを、僕たちを追ってくれている人たちと分かち合えるのは素敵だ」

そして、より難しいのは“レースの結果”が感情として家にまで持ち込まれてしまうことだという。F1は仕事以上に、人生の中核を占めている。だから切り離しが簡単ではない。

「もちろん(F1の結果と私生活を切り離すのは難しい)。特に、F1は僕の人生の大部分だからね。僕は……“仕事”って言うのは嫌だけど、運転はずっと好きだった。それでも、僕はこれを人生ずっとやってきたし、僕にとって大きな意味がある」
「僕が持っているものは、家族、友人、そしてレースだ。何かに強い情熱があると、その瞬間を全力で生きる。そうなると感情は、ある意味で私生活にも少し流れ込んでしまう」

勝てば笑顔で帰り、崩れれば沈んで帰る。だが経験を積むほど、最終的に必要なのは“再起動”だと分かってきたという。

「もし最悪のレースをしたら、落ち込んで家に帰る。もし素晴らしいレースをしたら、もっと幸せな気分で帰る」
「でも経験を積むと、できる限りその2つを分けようとする。結局、必要なのはリセットだからね。毎レースのあと、良いレースでも悪いレースでも、とにかくリセットして、また行く。それが僕の一番の目標だ」